院長コラム10

なぜ、精神科医を目指したのか?
そして、治療にあたって考えていること「意味と感情」

(コラム10は、以前のホームページに「あいさつ」として掲載したものです。
今までの記載に重複した部分もありますが、再掲します)

私は、高校生の頃から、人間一人一人にとっての「意味」というものの不思議さを感じ、考えつづけてきました。

例えば、野球の選手で、
どうしても巨人軍に入りたい人とあまり拘(こだわ)らない人がいるのはどうしてなのか?
人によって「巨人軍」という「意味」が異なるようです。
この「意味」のために巨人軍に入団できる「喜び」が生じたり、
他球団から指名される「無念」な気持ちが生じたりなど、喜怒哀楽が発生します。
「意味」に「感情」が伴うのです。ここに様々な人間ドラマが展開されます。

「意味」や「感情」を考えながら、精神科医として働いているうちに、
「精神分析」というものが優れた威力を発揮してくれることに気づき、
引き込まれていきました。

また、この「意味」や「感情」が、「身体」や「脳」などの物質的、生物学的基盤に支えられて生じており、またその「こころ」の状態(「意味」や「感情」の状態)が逆に「脳」や「身体」などに影響を与えている「心身の相関」というものにも関心を向けてまいりました。

体を動かすとすっきりし(「体」→「心」への影響)、
逆に悩み事が解決すると体が軽くなったりします(「心」→「体」への影響)。
ここは「精神医学」の領域です。

「意味」や「感情」に興味があり、
「体」や「脳」に興味があったので、精神医学にひきこまれていきました。

そして人間は、「社会的動物」であり、
喜びも悲しみもほとんどが人間関係に起因すると言えます。
例えば「愛」や「憎しみ」も「意味」や「感情」の領域と言えると思います。

「人と人との関係」(「社会」)があり、「意味」と「感情」があり、「心と体(脳)の関係」がある・・・そのバランスがくずれると人間は「心の病い」に陥る・・・私はそう考えています。

患者さんがそのバランスを回復できることを目指し、毎日治療に取り組んでおります。

また、私は治療関係も含め、
すべての人間関係は、水平、対等、相互的であるべきだと考えています。
男性と女性、親と子、生徒と教師、雇い主と従業員、患者と医者・・・
それぞれが、それぞれの担うべき役割、責任があります。
それを踏まえた上での「対等」で「水平」で「相互的」な関係が保てた時に、その関係は建設的、生産的なものになると思っております。

「相互的」とは、生徒が教師から学び、教えることを通じて、教師が生徒から学ぶというような「お互いが影響を与え合うような」関係のことを指しています。

治療関係もそうであり、そういう関係が保てた時に治療の効果が最大になると感じております。思うこと、感じることを遠慮なく診察の場でお話し下さい。


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